介護業界に革命を。「従業員ファースト」で描く未来 アクアビット・ファクトリー 蓬田裕樹様

「3K、5K、7K──きつい、汚い、苦しい」

介護業界には長年、こうした暗いイメージがつきまとってきました。

しかし、その常識を覆し、「働く人が誇りを持てる会社」を本気でつくろうとしている経営者がいます。

アクアビット・ファクトリー株式会社 代表取締役 蓬田裕樹様です。

2017年の設立以来、「従業員ファースト」を掲げ、介護と医療を一体的に提供する包括ケアステーションを展開。

業界の常識に挑み続けてきた蓬田氏に、その経営哲学と、目指す未来について話を伺いました。

インタビュー:オンリーワン経営 木村

「従業員ファースト」── 嵐の中に飛び込んだ覚悟

── 会社を立ち上げた際、最も大切にしていた思いを聞かせてください。

「介護業界の暗いイメージを払拭して、働く人たちが安心して誇りを持って働ける場所をつくりたい。

そう思って会社を立ち上げました。

設立当初から『従業員ファースト』を掲げ、従業員のための会社づくりに本気で取り組んできました」

しかし、この理念を掲げたことで、予想外の混乱が生まれたと蓬田社長は振り返ります。

「従業員ファーストという言葉が先行するあまり、短期的に給料を上げてほしい、自分の働き方を優先したいといった意見が増えました。

チームや会社全体よりも、自分の都合を優先してしまう行動も見られるようになったんです」

それでも蓬田社長は、この理念を「掲げてよかった」と言い切ります。

「掲げたことで、みんながストレートに意見をぶつけてくるようになった。

そのおかげで『従業員ファーストとは何なのか』が少しずつ磨かれ、私自身が経営者として成長できました

経営の軸は「公平性」と「持続性」

── 混乱期を乗り越える中で、最も大切にしてきた判断基準は何でしたか?

「介護や医療の現場では、職員が利用者さんのために必死で頑張ります。

でも、その職員を大事にできなければ、利用者さんを決して幸せにできない。

そう信じていました」

蓬田社長がたどり着いた経営の土台、それが「公平性」「持続性」です。

「一部の人だけ、一つの部署だけが利益を得る状況は避けなければならない。

それが『公平性』です。

そして、その場限りではなく、きちんと続いていくこと──『持続性』が、もう一つの大きなポイントです。

この2つが、会社経営の土台となる考え方になりました」

2041年のビジョン──「未来を選び取る力を与える存在」へ

── アクアビット・ファクトリーが将来的に実現したい姿を教えてください。

「人が幸せになるために必要なもの、それは『選べる』ということだと思います」

蓬田社長は、力強くそう語ります。

「人は、選べない、それしかない、そうするしかないという状況で、苦しさや孤独を感じます。

自分の人生の選択肢がちゃんとあって、納得して答えを選べる。

そこに自信が生まれ、生きていこうとするエネルギーが生まれるんです」

この考えをもとに、同社は2041年までのビジョンとして次の言葉を掲げています。

「人と社会の願いに応え、未来を選び取る力を与える存在となる」

「働く人も、利用者も、家族も、地域社会も──すべての人が”選べる”状態をつくりたい。

そのために、多様なサービスと質、そして信頼できる人の存在を生み出せる会社になりたいと思っています」

介護と医療の「分断」を越える──包括ケアステーションという挑戦

── 現在提供している主なサービスについて教えてください。

アクアビット・ファクトリーが最初に立ち上げたのは、認知症グループホームでした。

「認知症の方が24時間365日を安心して暮らせる場所をつくりたかった。

人とはどうあるべきか、暮らしとはどうあるべきか──その中で、その方の力を引き出し、活用していく。

そんな場所を17年以上、大事に守ってきました」

そして設立翌年、同社は大きな挑戦に踏み出します。それが「包括ケアステーション」です。

「看護小規模多機能という複合型サービスを軸に、住宅型有料老人ホームと訪問看護ステーションを併設した施設です。

介護と医療を同時に受けられるサービスは、ほとんど存在しませんでした」

蓬田社長がこのサービスに込めた想いの背景には、祖父との別れがあります。

「祖父は脳梗塞で全身麻痺になり、小規模多機能を利用していました。

でも、発熱して体調が悪化したとき、対応が難しく入院せざるを得なかった。

そのまま病院で亡くなりました。

もし看護小規模多機能があれば、自宅で点滴もできたし、家族と一緒に看取ることもできたはず。

その歯がゆさが、今も胸に残っています」

── 包括ケアステーションの最大の強みは何でしょうか?

「同じ人が、顔なじみの関係性の中で、介護も医療も継続的に支援できることです。

家族の関係性を断ち切らず、その人らしい暮らしを支え続ける。

それが、私たちの包括ケアステーションの意義だと思っています」

 

最もこだわる価値──「生き生きと、その人らしく生きる」

── サービスの中で、最もこだわっている価値を一つ挙げるとしたら?

「人が生きるということです。ただ生きながらえるのではなく、活き活きと生きる。

その人らしさを発揮できる──それが、私たちが最も大切にしている価値です」

従業員への想い──「後悔のない人生を」

── 代表として、従業員に最も伝えたい想いは何でしょうか?

「一度しかない人生だから、一生懸命生きてほしい。そう思っています」

蓬田社長の言葉には、深い願いが込められています。

「一生懸命とは、エネルギッシュに働くことではありません。

自分らしく、こうなりたい、これを実現したいという思いを叶えるために、この一生を使ってほしいんです」

蓬田社長自身、仕事・家族・プライベートすべてにおいて実現したいことがあり、「全部叶えたい」と語ります。

「もちろん、うまくいかないこともたくさんあります。

そんなとき、私がいつも自分に問いかけるのは『もしこれが2回目の人生だったらどうするか?』という質問です。

同じ決断をするなら、それが答え。

違う選択をするかもしれないと思えば、別の道を選ぶ。

後悔のない人生を歩んでほしいし、その集大成が自分の人生なんだと思います」

そして、こう続けます。

「仕事も家族もプライベートも含んだ時間の総体が『人生』です。

1秒たりとも無駄にしないでほしい。

それを支えるための環境を、会社という枠組みを通して整備していきたいと考えています」

「従業員ファースト」を実現する3つの取り組み

── 従業員が自分らしく生きられる環境づくりのために、今特に力を入れている取り組みは?

蓬田社長は、大きく3つの柱を挙げました。

① 共通の基盤づくり

「みんなが共通のイメージを持つには、共通の原点が必要です。

昨年度から、理念やクレドを入社時からしっかり浸透させ、定期的に振り返る仕組みを徹底しました。

それが出発点となって、職員一人ひとりが『自分たちはどうあるべきか』を考えられるようになっています」

② オープンに語り合う場づくり

『登り坂イレブン』『課題解決サポートデスク』といった取り組みを通じて、思いや疑問、不安をその場限りにせず、みんなで分かち合う文化をつくっています」

『登り坂イレブン』とは、事業所や役職の垣根を越えた横断的組織。

参加者が自分の抱える課題をさらけ出し、自分ごととして考える場だといいます。

「小さな焚き火に一人ずつ手を差し伸べる人が増えていく。

いつの間にかみんなで焚き火を囲んで議論が始まり、協力し合う──そんな場面が生まれる場所が『登り坂イレブン』です。

こうした焚き火が、会社の中にいくつもできてくるといいなと思っています」

③ 評価制度・処遇制度の見直し

「チームや組織のために行動する人をきちんと評価する仕組みをつくりたい。

評価と処遇がつながる制度を再構築し、行動する人が報われる会社にしていきます」

加えて、こうした取り組みを「他の法人にはない魅力」として外部へ発信することにも力を入れています。

「従業員ファースト」を支える4つのP

── 従業員ファーストを実現するための具体的な柱について教えてください。

「当社では『4P』という考え方を掲げています」

  1. Peace(働きやすさ)
  2. Pleasure(やりがい)
  3. Payment(報酬)
  4. Pride(誇り)

「この4つのPを実現するために、福利厚生制度、社内規定、日々のケア、理念、目標が設定されています。

ここまで理念や目的を明確に言語化し、明文化し、一つひとつの行動に落とし込んで確認し続けている会社は、他にはないのではないでしょうか」

さらに、同社が自信を持つのが「教育」です。

「会社づくりは人づくりです。

職種や経験に応じた研修を、社内外を含めて細かく設定しています」

評価制度についても、客観的な評価項目を設け、感覚ではなく「成したこと、やれたこと」を正当に評価する仕組みを整えています。

経営者としての原点──母との葛藤、そして独立

── 今の経営スタイルや価値観に影響を与えた原体験はありますか?

蓬田社長は、意外な過去を明かしてくれました。

「もともと宇宙飛行士になりたかったんです。

でも、5歳のときに母が『本当は看護師になりたかった』と話すのを聞いて、医者を目指すようになりました」

高校時代、医学部合格には届かず浪人。

その後、心理学の道へ進みますが、最終的に臨床心理士の資格も取得せずに卒業。

迷いの中、認知症ケアに力を注ぐ母親の助言をきっかけに、介護業界へと足を踏み入れます。

「高齢者に関わる気は全くありませんでした。

でも、この業界に来たからには中途半端にはできない。

母の知り合いのところで2年ほど修行させてもらい、2008年に最初のグループホーム『よもぎ埜』を設立しました」

しかし、業界の現実に直面します。

「介護業界は『やりがい搾取』と言われることもあります。

仕事以外の時間を捧げるのは当たり前、休憩が取れないのも当たり前。

それを改善したいと発言すると、鼻で笑われるような業界でした」

そして、母親との決定的な衝突が訪れます。

「『経営者は一番何を見なきゃいけないか』と母に問われ、『従業員です』と答えたら、『それは間違っている』と言われました。

『経営者が利用者を大切にできなかったら、従業員が利用者を大切にできるわけがない』と」

しかし蓬田社長は、この考えに反発します。

「従業員を大切にすることが大事だと信じていました。

『これは絶対に違う。これがまかり通る業界ではいけない』──そう思って、2017年に自分の会社を立ち上げたんです」

「経世済民」── 経済という言葉に込めた信念

── 会社を立ち上げたとき、心の中に最も強くあった思いは何でしたか?

「働く人を大事にできる会社、それを通して利用者や家族、地域社会を豊かにできる会社にしたい。

そういった業界にしたいと思いました」

蓬田氏は、「頑張っている人が報われる会社」をつくることに強い信念を持っています。

「介護保険という制度の中で運営されている業界ですが、保険を消費するだけでなく、ここから何かを生み出す産業に変えていきたい。これが私の強い経営信念です

そして、こう続けます。

「私は『経済』という言葉が大好きなんです。

経済とは『経世済民』──世を治め、民を救うという中国の故事から来ています。

仕事をすることで世の中がもっと良くなり、人々が幸せになれる。

そういった会社でありたいと思っています」

転機となった挑戦──包括ケアステーションという賭け

── 会社が一段成長したと感じる転機はありましたか?

『包括ケアステーション』にチャレンジしたときです」

認知症グループホームからスタートした同社にとって、医療への挑戦は大きな賭けでした。

「訪問看護ステーションや看護小規模多機能に挑戦する法人の多くは、病院や老健、特養のように母体が大きいか、経営者自身が看護師であることが多い。

全く違う畑の私がチャレンジして、一つひとつ学びを得ていく──苦しい時期もたくさんありましたし、今も上手くいかないことがあります」

それでも8年半、挑戦し続けた結果、確かな手応えを感じています。

「少しずつですがノウハウを積み上げてきたことで、様々なところからお声がけいただいたり、評価いただいたりするようになりました。

事業所内でも、自信を持ってサービス提供できる体制が整ってきたと感じています」

支えとなったもの──家族、仲間、そして自分自身

── 困難な局面でも前に進めた理由、エネルギーの源は何でしたか?

蓬田社長は、3つの支えを挙げました。

家族──特に妻の存在

「家族がいなかったら、特に妻がいなかったら、私はこんなにやってこれなかったと思います。

妻が本当に、家のことや私自身のことを細やかにサポートしてくれました。

安心感と信頼感──妻がいなかったら、絶対に無理だったと確信しています」

仲間──社内外のつながり

「一緒に働いてくれている仲間、仕事を通じて出会った社外の仲間たち。

困ったときに当たり前のように相談に乗ってくれて、力を貸してくれて、私を一人の人間として支えてくれた。

そういう人たちの存在がなければ、今この場に立っていられなかったと思います」

そして、自分自身

「中学生の頃までは、もてはやされていました。

でも、自分が何者なのか、何のために生まれてきたのか──そこに悩み苦しんでいた時期がありました。

人生とさよならしてもおかしくなかった時期が何度もあります」

蓬田社長は、自分を「サバイバー(たまたまの生き残り)」と表現します。

「そういった時期があったからこそ、今こうやって自分が考えること、感じること、やっていることに対して、『自分の足で立つんだ』という想いがすごく強い。

立っていられる力と、立てる場所を確保できているんだと思います」

それでも、ガラガラと崩れ落ちそうになることは、今でもあるといいます。

「そんなとき、家族や一緒に働いてくれる仲間、声をかけてくれる仲間たちに支えられて、ここまで来れています。

本当に、私は人に恵まれていると思います」

未来へ──「選べる」社会をつくるために

介護業界の常識を変えたい──その強い想いから始まった蓬田社長の挑戦は、今、確かな形を持ち始めています。

「従業員ファースト」を掲げ、混乱を経て磨き上げた「公平性」と「持続性」という軸。 介護と医療の分断を越える「包括ケアステーション」。

そして、すべての人が「未来を選び取る力」を持てる社会を目指すビジョン。

蓬田社長の経営には、単なる理念ではなく、血の通った人間の物語がありました。

「人は、選べないとき、苦しさを感じます。だからこそ、選択肢を与えられる存在になりたい。

働く人にも、利用者にも、家族にも、地域社会にも──すべての人が『選べる』状態をつくる。

それが、私たちの使命です」

介護業界の未来を変える挑戦は、まだ始まったばかりです。


【会社概要】
アクアビット・ファクトリー株式会社 様
設立:2017年
主な事業:認知症グループホーム運営、包括ケアステーション(看護小規模多機能・住宅型有料老人ホーム・訪問看護ステーション)運営
企業ビジョン:「人と社会の願いに応え、未来を選び取る力を与える存在となる」(2041年ビジョン)

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